フランスワインの過去・現在・未来 その2
前回からのつづきです。
フランスワインの過去・現在・未来 その2
1990年
グランクリュ(特級ワイン)が安売りの超目玉商材になり、
ワイン愛好家の高級ワイン離れが起こりました。
特級ワインに変わるポスト・グランクリュの需要拡大が起こり、
そこで登場したのが、パーカー・ポイントなどのワイン評論家です。
彼らの評論により、新スターワインが登場しました。
このころからワインの消費量の衰退が始まり、ワイン農協、
ワイン商の経営が不振になりました。
フランスの葡萄農家皆がワインを造れるわけではなく、多くの葡萄農家は、
農協に葡萄を収め、農協がワインを造り、販売しています(今も)。
なので、農協ワインの不振は葡萄農家の不振を意味します。
そこで、農協から独立し、自分でワインを造ろうという小型優良醸造家が急増。
後に自然派ワインを造る醸造家も多く含まれていました。
当店の直輸入の蔵の中にも、昔は農協に葡萄を納めていたという人も少なくありません。
【日本】1960年頃をピークに日本酒の消費量は徐々に減少し、
1990年頃にはピーク時の半分にまで落ち込みました。
日本酒の世界もこの30年で大きく変わってしまいました。
◆ 濃縮ワイン至上時代!
この頃のワインは、とにかく“濃い、濃い”タンニンたっぷりのワインが
好まれて、ワイナリーもいかに“濃い”ワインを造るかに力を注いでいました。
【日本】1999年日本では赤ワインブームに。
とにかく“濃いワインでないとワインでない”みたいな勢いでしたね!
2000年
ヨーロッパ統合による影響で、農協のワインの不振により、農協の倒産が急増。
高級ワインはロシアや中国などの新興国への輸出拡大。
★ 自然派ワインの醸造家が急増。
農協ワインが不振な中、自然派ワインの成長は嫉妬され、迫害を受けることに…。
★ 自然派ワイン醸造元の組織化の確立(ディーヴ・プテイユ)
★ 自然派ワインが、大統領の晩餐会など公の世界に登場。
かつてシュラク大統領の晩餐会に、
『ペノさんのワイン』が選ばれたことがありました。
自分のことのように本当に嬉しかったなぁ♪